全国いか釣り漁業協会 | イカ釣り | JASFA | いか

JAPAN SQUID FISHERIES ASSOCIATION

イカ文化 >>  函館地域 >  八戸地域 >  能登地域

1.八戸の歴史と文化

八戸地域は縄文時代から人びとが居住し、多くの遺跡、遺物が発見されており、およそ5千年前の貝塚からイカを食べていた痕跡が見つかっています。

この地域が歴史に登場するのは、建武元年(1334年)南部氏の一族が築城してからであり、以来、江戸幕府の下、八戸藩が明治維新まで続きました。


えんぶり2/17〜2/20

北奥羽で最も栄えた歴史の中で、その印となる伝統と文化が形成されてきました。約280年の歴史をもつ「八戸三社大祭」は伝統を誇る東北屈指の華やかな祭りです。祭りの中日には加賀美流騎馬打毬が古式ゆかしく行われますが、このような打毬は宮内庁と山形県にしか残っていません。

また、代表的な民俗芸能で、春を告げる豊年祈願のお祭りである「えんぶり」は国の無形民俗文化財に指定されています。

更に、是川縄文遺跡が国の史跡に指定されており、近年、「合掌する土偶」が発見され、国宝に指定されました。鎌倉時代に制作されたとされている「赤色縅鎧兜」と「白糸縅鎧兜」と合わせ3点の国宝があります。

民謡の「八戸小唄」の歌詞に「歌に夜明けたかもめのみなと」とあるように、蕪島はウミネコの繁殖地として天然記念物に指定されており、八戸の象徴として親しまれています。

2.八戸の水産業

八戸藩時代に、地引き網でイワシが漁獲され、河口を利用した荷捌きにも恵まれたことから藩の経済を潤すものとなりました。

明治24年には「改良揚繰り網漁法」が導入され、また、翌25年には新潟県佐渡地方から「いかつり漁法(右写真の釣り具)」が伝承され、八戸の漁業発展の礎となりました。

基幹産業となった水産業は、昭和3年に町営魚市場を開設以来、漁港の整備拡大あるいは関連施設建設によって著しい発展を遂げ、今日に至るまで6度水揚げ日本一となるなど全国有数の漁業基地として発展してきました。しかしながら、昭和63年の水揚げ量819千トンをピークとして、その後は年々減少し、平成22年には、119千トンに低下しています。

水産加工も重要な産業であり、同年の水産加工品生産数量は約6万トン、生産金額で302億円、冷凍冷蔵生産高は228千トンの保管実績となっています。

3.八戸のイカ

八戸港のイカ水揚げ量は全国第一位となっており、大型のいか釣り漁船がニュージーランド海域のスルメイカ、ペルー海域のアメリカオオアカイカを、中型のいか釣り漁船(30〜184トン)が日本周辺海域でスルメイカ、アカイカを漁獲するため操業しています。また、小型いか釣り漁船、底引き網漁船、まき網漁船が八戸前沖のスルメイカを水揚げしています。これらの水揚げ数量は62千トンとなり、全国のイカ総水揚げ量208千トンの約30%を占めています。

その中でも主力である中型いか釣り漁船は、平成22年には19千トンを水揚げしましたが、東日本大震災で12隻が被災し、平成23年の操業は23隻となりました。今後、国等の復興支援を受け6隻が新たに建造される予定となっています。

この日本一のイカの水揚げ量を背景として、平成22年8月10日に「イカの街はちのへまちづくり研究会」の会長である八戸市長が「イカの日」を宣言し、毎月10日を「イカの日」8月10日を「はちのへイカの日」に制定し、毎年8月10日にはイカに関するいろいろなイベントが開催されています。